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増田渉文庫

 

本学文学部教授の故増田渉先生は、すぐれた中国文学者として著名であられたが、とくに魯迅研究の第1人者としての令名が高かった。生前の魯迅に親しく教えをうけ、我が国への魯迅文学の紹介に大きな貢献と数々の業績をのこしておられる。去る昭和49年3月に本学を定年退職された後も、引き続いて講師として教壇にとどまり後進の育成につくして下さったのであるが、昭和52年3月10日、親友であった竹内好氏の葬儀の式場で、友人代表として弔辞朗読中に急逝された。あまりに突然な出来事だったが、期せずして2人の偉大な中国文学者を同時に失うという大きなショック、当時の学界が蒙った悲しみと不幸は量り知れぬものがあった。その増田先生が逝かれて、はや4年の月日が経過しようとする。

先生の歿後、御遺族の深いご理解のもとに、その蔵書の全部が一切をあげて関西大学に委譲されることになり、関西大学図書館では「増田渉文庫」としてこれを特別に保管して、目下公開にむけて整理を進めているところである。

 

我が国での有数の蔵書家

さて、増田渉文庫の全容であるが、その総蔵書冊数約15,000冊。そのうち、ちょうど3分の1の5,000冊が我が国の刊本。また、3分の1にあたる5,000冊が中国の刊本。以上の10,000冊がいわゆる活版本といわれる活字印刷による洋装本である。そのあと残りの5,000冊は木版印刷による、即ち我が国では明治以前の刊行、中国では民国初年以前の刊行に係る、いわゆる和装本(線装本)。それが日本と中国のもの合わせて約5,000冊、という内訳になっている。個人の蔵書量として15,000冊という数字は群を抜く厖大さであり、先生が我が国における有数の秘書家のお一人であったといい得られるのである。

先生の学問はもとより博大であったが、そのもっとも興味をむけられた研究課題が、またいくつかあった。先生の蔵書はその主題にそって収集に力を致されており、どの分野にわたっても、きめの細かい、配慮の行き届いた、さすがは本を愛した人、本を真に理解した先生ならではの収集と感嘆させられる充実した内容に富んでいるのである。今はわずかにその一端を紹介するに止まるが、この文庫の蔵書の特色について、その一、二例を次に書いてみることにする。

 

魯迅との出会い

増田先生が魯迅の個人教授をうけられたのは1931年(昭和6年)のこと、上海遊学中においてであった。魯迅の寓居で「中国小説史略」をテキストにして、毎日3時間魯迅と膝をつき合わせてその講義をうけ、別に「吶喊(トッカン)」や「彷徨」の講解もうけられた。当時のことは先生の著書『魯迅の印象』(昭和23年講談社刊)に詳しくしるされている。 増田渉文庫には、魯迅の全著作の初版本をはじめ、その後の各種異版のほとんど全部、即ち魯迅に関する多量の参考文献が精力的に収集されている。これが本文庫のすぐれた特色の一つである。「吶喊(トッカン)」や「彷徨」の1930年刊烏合叢書版には、注釈の書き込みがあり、これは恐らく魯迅から親しく講義をうけた時のものと推定され、先生が翻訳に使用された底本にもなった。また魯迅校録の「唐宋伝奇集」の1934年上海聯華書局刊本は、魯迅が増田先生に贈ったもので、巻頭に魯迅自筆の署名(墨書)がなされている。魯迅から直接贈られたといえば、「北平牋譜」と「十竹斎箋譜」のことを大書せねばならぬ。

魯迅は木版を愛好して、中国木版画の古典的名作の復刻に力を尽くした。そうした仕事の一つが「北平牋譜」と「十竹斎箋譜」の出版であり、ともに中国古彩箋の名品300種以上を収集し、細心の校訂と注意を払って少部数の限定出版として刊行したものである。その高度で精巧な技術は眼をみはる出来ばえを示しており、今に貴重視されるすぐれた出版物となっている。この「北平牋譜」全6巻は魯迅から直接増田先生のもとに贈られたもので「増田同学兄清賞1934年2月26日上海 魯迅」の署名(墨書)が巻頭にある。また「十竹斎箋譜」は、その見本刷二葉が魯迅から直接先生に贈られ、その一枚には珍らしくも日本語で魯迅が「コレハ十竹斎箋譜ノ複製デス。今デ見ルト頗ル可笑イ位デスガ、アノ時ニハソレデ満足シテ居タノダラウ。」と書いておられる。もう1枚のものは「十竹斎箋譜」の巻頭に装■(ソウコウ)して添付してあり、そこに増田先生が「魯迅先生より贈られた見本刷1葉を巻首に置く。昭和48年夏 増田渉記」と識語を墨書しておられる。このように「北平牋譜」と「十竹斎箋譜」の2本は増田文庫中での特別に大切な貴重書である。

 

増田文庫の特色

増田先生の中国史への関心は、魯迅を生んだ背景(それはとりもなおさず、近代化に至るために中国がたどった道程)に、研究の興味が集中して行ったのであるが、先生の著書「中国文学史研究」(昭和42年岩波書店刊)の中に「文学革命前夜の人々」として収められている梁啓超、嚴復、林■(糸予)、王国維、王韜などの人々の著述、またこれらの人々に関する参考文献の類、これがまた主要なテーマをなして増田文庫の一端を形づくっている。中国の新文学が誕生するためには、その背後に近代化への胎動という中国史の激しい動きがあった。清朝末期から民国初年へかけての、とくにアヘン戦争や太平天国や戊戌(ほじゅつ)変法などの、正史・文書は当然のこと、それにまつわる野史・風説の類にいたるまでの幅広い資料の収集。つまり、魯迅を生んだ背景の追跡から際限なくひろがってそこに行き着かれたのである。

それと、西洋文明が東洋へ波及してくる過程で、中国と日本が蒙った影響についても、先生は多大の関心を払っておられ、その主題のもとに徹底的な収書がなされている。この部門のものだけでも、この種のコレクションとしては我が国有数のものと称し得る程である。清末に西洋の学術文化が、具体的にどのような形として中国に入ったか。またそれがさらに、どのように日本に入ってきたか。こうした追求は、時代を遡及して明末清初に中国に渡来した外人宣教師たちの著述の収集と研究にも及ぶ。そして又、我が国と中国の2000年にわたる交渉史にも資料収集の手が延びる。300年間にわたる我が国の鎖国時代に、西方にむかって僅かに開いていた小さな窓に対して先生は注意を払うことを怠っておられない。つまり東西交渉史への幅広い関心である。こうして意欲的に収集せられた資料が厖然として一大集積をなしているのである。これが増田文庫のさらに大きな特色の一つになっている。

以上は、ほんの一端にふれただけだが、増田文庫の蔵書は、増田先生の学問が幅広かったように、各分野にわたって広大な裾野のひろがりを持っている。先生のご生涯は、ある一面からいうなら、こうした莫大な材料を集めながら一部分を使用されただけで中道に逝かれた。これからの後進学徒が、大いにこの文庫の蔵書を活用して、先生の遺志を継いでいただきたいと切に願うのである。

                                  肥田 晧三(文学部教授)
昭和60年4月28日発行 関西大学図書館報『籍苑』(第20号)より転載
(所属は執筆当時のもの)
 

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