デカルトのほかに近世哲学の初版本もしくは古版本として本文庫に含まれている書物を次に列挙しよう。すでに紙数も超過したので、著者名と書名とを並べておくだけにとどめる。
Franciscus Baco de Verulamio, De Dignitate et Augumentis Scientiarum, 1645(もろもろの学問の尊厳と進歩について)――本書は1623年に公刊されているが、1645年の版は索引をつけ、「新装版」editio novaと示されている。
1. Kant, Grundlegung zur Metaphysik der Sitten, Riga, 1785(道徳形而上学のための基礎づけ)――これは初版本である。以下のフィヒテ、シェリングの著作もすべて初版本である。
J. G. Fichte, Grundlage der gesammten Wissenschaftslehre als Handschrift fur seine Zuhorer,Leipzig, 1974(知識学の聴講者のための手稿としての、全知識学の基礎)
F. W. J. Schelling, System des transcendentalen Idealiamus. Tubingen, 1800(先験的観念論の体系)
ibid., Bruno oder uber das gottliche und naturliche Princip der Dinge, Berlin, 1802(ブルーノまたは事物の神的原理と自然的原理とについて)――本書の邦訳は服部先生と神戸大学の井上庄七教授との共訳で岩波文庫に入っている。
ibid., Philosohie und Religion, Tubingen, 1804(哲学と宗教)
ibid., Darlegung des wahren Verhaltnisses der Naturphilosophie zu der verbesserten Fichte schen Lehre, Tubingen, 1806(改良されたフィヒテの学説に対する自然哲学の関係の諞明)
F. W. J. Schelling's philosophische Schriften, Erster Band, 1809(シェリングの哲学的著作集 第1巻)――これはシェリング自身によって刊行された最初の著作集であるが、第1巻が出ただけに終わった。この巻には「哲学の原理としての自我について」(1795)、「独断論と批判主義についての哲学的書簡」(1795)、「造型芸術の自然に対する関係について」(1807)、「人間的自由の本質についての哲学的研究」(1809)などが含まれている。
以上が服部文庫に収められている哲学関係の稀覯本であるが、これだけを眺めてみても、服部先生の関心領域がいかに広いかが推察されるであろう。
服部先生の旧蔵書を見渡すと、先生の学問的関心の対象が古代から現代にいたる西洋哲学の全体に向けられ、且つ研究者としての姿勢は哲学史家としてのそれであるということは明白である。
西洋哲学の歴史的な順序にしたがって、古代哲学に関する文献から見てゆくことにしよう。
プラトンに関する文献は前回述べたビポンディナ版全集を含めて約100冊であるが、ギリシャ語全集としては、ほかに Carl Friedrich Hermann によって刊行された6冊本の Platonis dialogi secundum Thrasylii tetralogias dispositi(トラシュルスの4部集典にしたがって排列されたプラトンの対話篇集)1892-8,Teubner がある。この全集もテクストとしては古くなったが、第6巻にはアルビノスやアルキノスの「プラトン入門」、オリュンピオドロスの「プラトン伝」などが含まれ、今日でも価値がある。
アリストテレス関係のものは約50冊であるが、註釈書のなかに、今は復刻版が出ている F. Ravaisson, Essai sur la Me´taphysique d' Aristote, 2 tomes, 1846 の元版があるほか、The Metaphysics of Aristotle, transl. with notes by John H. M'mahon, 1891 がある。
また「ニコマコス倫理学」の註釈書としては、The Ethics of Aristotle,illust...... by A. Grant, 2 vol., 1885 とJ. A. Stewart, Notes on the Nicomachean Ethics of Aristotle, 2 vol., 1892 という優れたものが収められている。研究書のなかには H. Bergson, Quid Aristoteles de loco senserit, 1889 が含まれている。
次に本文庫の中心をなす中世哲学に関する文献を見てみよう。
服部先生は中世哲学の全体に深い関心をもたれ、したがって中世哲学の文献蒐集は、原典とその近代語訳ならびに註釈書、辞書、研究書など、基本的な全集・叢書・雑誌のバックナンバーから珍本の類にいたるまで、まさに体系的になされたのである。
中世哲学全般に関する文献としては、哲学史・教理史が40数冊含まれているが、このほか特筆大書さるべきものとして、ボイムカーの編輯になる Beitrage zur Geschichte der Philosophie des Mittelalters, (中世哲学史論集)Bd. 1 (1891)~Bd. 22 (1911) がある。
この Beitra¨ge は現在もなお刊行が継続され、中世哲学研究史上もっとも記念碑的なものといえるであろう。本文庫に所蔵されているのは最初の22巻であって、第23巻以降が欠けているのが惜しまれるが、個人でこのような現在入手不可能なものを購入しておられたのには驚く外はない。
教父哲学のなかで、服部先生が生涯をかけて研究の中心として来られたのはアウグスチヌスである。それ故アウグスチヌス関係の文献は本文庫における圧巻であり、400冊に及ぶ蒐集ぶりはまことに徹底したものである。
まずテクストからみてゆくと、ラテン語原典の全集としては、現在 Descle´e 社からフランス語との対訳版として刊行中の Qeuvres de saint Augustin の内、75年までに出た29冊が収められている。近代語訳の著作選集としては5種類が揃えられているが、現在入手し難いのは次のものである。
The Works of St. Augustine, ed. by M. Dods, 15 vol., 1872-6
Oeuvres comple´tes de saint Augustin, trad. pour la direction de M. Raulx, 17 tomes, 1864-73
個々の著作の中で、一番多く刊本が蒐められているのは、先生御自身が翻訳された「告白」であり、それにつぐのは翻訳計画中の「神の国について」である。このように御自身で翻訳される場合には、明治大正期の邦訳まで含めて、できるだけ多くの刊本を探索するのが先生の蒐集の一特色である。
「告白」のラテン語テクストは約10種あり、その内で今日入手し難いのは次の2点である。
Confessiones post editionem parisiensem novissimam, ed. M. Dubois, 1838
Confessionum Iibri XIII, auf Grundlage der Oxforder Edition, hrsg,v. K, v.Raumer, 1. A., 1856 & 2. A., 1876
このほか The Confessions of Augustine ed. J. Gibbs & W. Montgomery, 2nd. ed. 1927 には優れた解説と註釈がつけられ、昨年復刻されるまでは容易に閲覧しえなかったものである。
「告白」の近代語訳としては、 P. Janet (1857)、Rapp (4. durchges. A., 1863), Bornemann (1883),Lachmann (1888) など約20種ある。
「神の国について」のラテン語テクストには以下がある。
De civitate Dei contra paganos, ed. by J. E. C. Weldon, 2 vol., 1924
De civitate Dei, by C. Weyman, 1924
アウグスチヌスはこのほかに、哲学的な著作や聖書註解、ドナティストら異端との間に道徳や教会論などをめぐってなされた論争書など、人間のエネルギーの極限を示すほど厖大な作品を残したが、本文庫には各種の校本や近代語訳が蒐められている。
このほかアウグスチヌスの伝記的資料として欠かせないものに、弟子のポシディウスの手になるものがあるが、本文庫には最近の Pellegrino の版のほかに、次のものがある。
Sancti Augustini vita scripta a Possidio, ed. Weiskotten, 1919
アウグスチヌスの研究書も、19世紀より最近にいたるまでの、ドイツ、フランスを中心にしたヨーロッパ各国の学者による著名な業績が数多く含まれている。このなかで入手し難いものを若干挙げておくことにする。
Th. Gangauf, Metaphysische Psychologie des hl. Augustinus, 2 Bde., 1852
M. Ferraz, De la psychologie de saint Augustin, 2e e´d., 1869
P. Alfaric, L'e´volution intellectuelle de saint Augustin, 1918
W. Thimme, Augustin, 1910
アウグスチヌス関係の記念論文集には次のものがある。
S. Agostino, Publicazione commemorativa del XIV centenario della sua morte, conscriti di A. Gemelli, 1931 Milano
Augustinus Magister Congre`s International Augustinien, 3 vol. 1954
さらにアウグスチヌス専門の学術雑誌も揃っており、個人の蒐収もここまで来ると巨大な苦行である。
L´Anne´e the´ologique augustinienne, Anne´e 1 (1940)- Anne´e 14 (1954)
Revue des e´tudes augustiniennes, Vol. 1 (1955)- Vol. 21 (1975)
Recherches augustiniennes, 1958-1971
アウグスチヌスからトマス・アクィナスにいたる数多くの思想家のうちで、服部先生が特に関心をもたれたのは、「哲学の慰めについて」の著者として名高いボエチウスと、12世紀に花嫁神秘主義を唱えたクレルヴォーの聖ベルナール、およびアッシシの聖者フランチェスコである。
西洋中世における最大の体系的思想家が13世紀のトマス・アクィナスであることは衆目の認めるところである。服部文庫においては、アウグスチヌスについで数多くの書物が蒐められており、ラテン語原典、近代語訳、辞書、研究書など約250冊に及び、多彩をきわめている。
トマス以後の後期スコラ哲学についても多彩な文献が集められているが、なかでもドイツ神秘主義に関する文献が目立っている。
最後に、服部先生の近世哲学への関心は中世の場合と同じように、ルネサンス時代から現代の英、独、仏、の哲学にいたるまで近世全体に万遍なく及んでいるが、特に力を注がれたのはルネサンスと宗教改革の時代から17世紀の哲学にかけてである。これらの哲学者のなかで、特に関心をもたれたのは、大陸合理論のなかではデカルトとスピノザであり、イギリス経験論ではベーコンとホッブスであろう。
しかし残念ながらアウグスチヌス以後の文献については紙数の都合上すべて割愛せざるをえなかった。
18世紀以後の哲学に関する文献についてはもう述べている余地がないが、例えばカントの古い全集に次のものがある。
Immanuel Kant's sa¨mtliche Werke, in chronologischer Reihenfolge, hrsg., v. G. Hartenstein, 8 Bde, 1867-8
また、河野与一訳で日本でも親しまれている H. F. Amiel, Fragments d'un journal intime, 2 tom., 9e e´d., 1950 があるのも味な感じがする。
川崎 幸夫(文学部教授)
昭和60年4月28日発行 関西大学図書館報『籍苑』(第20号)より転載
(所属は執筆当時のもの)