室原文庫は特に目立つような貴重な学術的文献が集められているといったものではありません。しかし、先ず82件にのぼる膨大な訴訟記録の全てが1カ所に集められ、保存されているということは貴重であります。それは13年にわたる蜂の巣城紛争の理論構成の源泉であり、その記録は秀れた学術論文集といっても過言ではないからであります。その2は、右の理論の科学的裏付けをする為に必要な文献の集積があることです。中には室原さんが電気工学を一から勉強するための高校の教科書もあれば、イギリスの土地収用制度を知る為に、東大の英米法の権威、伊藤正巳教授(現最高裁判事)に乞うて指導された英米法入門の書と英国土地収用法の本もあります。法律、政治、経済、工学など社会、人文及び自然科学の書物や、全国各地のダム建設記録もあります。一つ一つをみれば、どこにでもある本かも知れないが、公共事業と人間の尊重の本質に迫る理論構成をするのに必要な多くの文献を一堂に集めてある、というところに学問的意義があるものと思われるのです。今後の公共事業を推進するに当たっても、「人間の尊重」という国政の窮極の目的に適合し、二度と悲惨な紛争の起こらないように多くの教訓を提示した文庫ということができます。
この一文が皆さんの目にとまる頃に、丁度、時を同じくして関西大学下筌・松原ダム総合学術調査団編『公共事業と人間の尊重』(ぎょうせい発行)が公刊されることになりましょう。その本は、あるいは室原文庫を集約してあるといえるかもしれない。そして、その問題点を一層深く、広く認識するためには室原文庫がお役に立とうとひかえていることになりましょう。
室原文庫の存在意義をご理解の上、皆様のご高覧を賜わる機を得られるなら、関係者一同此の上ない喜びと存ずる次第であります。
桜田 誉(法学部教授)
昭和60年4月28日発行 関西大学図書館報『籍苑』(第20号)より転載
(所属は執筆当時のもの)